前提:タナッセ愛情Bエンド |
正式に求婚してくれる前のタナッセは新しい領地の件やら何やら忙しくて。だから、結婚して領地に移り住めば落ち着くのだと単純に思っていたのに、やっぱりタナッセは忙しい。 領主として仕事が多いのは解るし、仕方ないが、新妻をこんなに放置するのは如何なものだろう。 久しぶりにタナッセと差し向かいで午後のお茶を楽しみながら、恨みがましい目を向けると、タナッセが少しだけ眉を寄せて困ったように微笑んだ。 「なんだ?」 子どもが欲しい。 我ながらかなり唐突な自覚はあるが、タナッセが、なんだ?、と訊ねたから答えただけなのに、タナッセはごふっと彼らしくもない無様な異音を立てて口を押さえた。 決して狙ったわけではないが、飲む瞬間だったのはさすがに不味かったか。 「お、おまっ………な、な……何を……」 咳き込みながらも果敢に追求しようとするから、私も応じざるを得なくて同じ言葉を繰り返す。 だから子どもが欲しいと言ったのだ。タナッセの子どもが欲しい。タナッセに良く似た、可愛いげがなくて憎まれ口ばかり叩く、ひねくれた可愛い子が欲しい。欲しいったら欲しい。 「……それは私が可愛いげなく憎まれ口ばかり叩くひねくれ者だということか」 何一つ間違ってはいないと思うが、何か問題があるだろうか。 「い、いや、まあ確かにそれはそうなのだが……少なくとも憎まれ口は減ったように思うぞ」 言われてみればその通りだ。 が、しかし話の本題はタナッセの性格批評ではない。 子どもが欲しい、と言う妻の可愛らしい願望は意図的に徹底的に無視するつもりか。 「そのつもりはないが、その、なんだ」 何が。 「余りにも突然ではないか。お前はまだ本調子ではないのだし、そんなに焦らずとも、そもそもそういったものは相応しい時期が来れば自然とだな」 その時期が来る気がしないから言っているのに逃げる気だな、さては。 「逃げるわけでは……いや、逃げているのか、これは」 タナッセがそうぶつぶつ呟く。 だから、逃げてるとか逃げてないとか、タナッセに真剣に考えてもらいたいのは、そんな話ではないと言うのに。 繰り返し自問している姿に半ば呆れ、半ば腹を立て、胡乱な眼差しで見守っていると、漸く私の視線に気付いたのか、タナッセはわざとらしく空咳をした。 「それで、なぜそんな話になったのだ」 全部タナッセが悪い。 私にひとりぼっちで寂しい思いをさせるタナッセが悪い。 折角夫婦の寝室もあるのに、忙しいだとか移動する時間がもったいないだとか、下らない理由をこじつけて、ほぼ毎日執務室にある仮眠用の寝台で睡眠を取るタナッセが悪い。 私が嫌いならはっきりそう言えば良いのに。 「別にそういうわけでは……おい、仮眠用の寝台を処分させたのはお前か」 私以外に誰がいる。この屋敷内で、主の物を勝手に処分出来るのなんて妻たる私くらいのものだ。 胸を張ると、タナッセが顔半分を手で覆って溜め息を吐いた。 タナッセが頑としてこちらに来ないのなら、外堀を埋めて追い詰めるしかない。だが今は処分権の話はどうでも良い。 それで結局、私が嫌いなのか。 「だから、そういうわけでは」 じゃあ好き? 「す……す……」 畳み掛けるように問うが、最終的にタナッセは視線を反らす道を選んだ。 反射的に自分の眉が釣り上がったのが嫌でも分かる。 タナッセがそういう態度なら私にも考えがある。はっきり言わないなら、領地中に届く音量で屋上からディレマトイの詩を朗読するが構わないか。 「ま、待て、それは待て! 夫を脅迫する妻がどこにいる……」 タナッセの目の前にいますが何か。 が、タナッセは視線を合わせる様子もなく、結果、依然として埒の明かない状況に焦れ、私はタナッセの傍へと移動した。 両手で彼の頬を挟んで強引にこちらに向かせ、同じことを重ねて問う。 私に一片の愛情も抱いていないのに、例の一件に対する罪悪感だけで結婚したのか。 「お前も知っているだろう。私は好意を持ってもいない人間と結婚する程酔狂な性格はしていないし、そんな慈善家めいた行いもしない」 で? どういう意味だ? タナッセはいつもそうだ。わざわざ難しい単語を並べ立てて私を煙に巻こうとしているとしか思えない。 「だからだな……分かるだろう」 分かるとか分からないとかの問題ではない。はっきり言葉で聞きたいだけだ。 タナッセの口から聞きたい。聞かせて欲しい。出来れば、二文字ないし三文字で。 じっと目を見つ詰めるとタナッセがゆっくりと息を吐いた。 「……好きだ」 合格! 嬉しくて、思わずタナッセの額に唇を落とすと、レハト!、と真っ赤になったタナッセに叱られてしまった。 けれどそんなことには構っている暇はない。 今日からちゃんとこちらに帰って来る?、とタナッセが予防線を張る前に、口約束で理屈を捏ねて逃げる方法を奪う。 「ああ、分かった。そうしよう。……全く、お前には叶わないな」 そう言ったタナッセは私の一番好きな顔で微笑んでくれた。 |
【 END 】 |