前提:リリアノ裏切エンド
……のつもりだったのだが残念ながら裏切エンドからこの展開は無理なことが先日判明した。だが私は気にしないからおまえも気にするな(゜-゜)

 白の月の最後の日に始まった私の恋は、大人になるのを待たず、私が望む形では生涯報われないと思い知らされた。
 けれど私は今、ランテ領にいる。
 窓越しに広がる海原に目をやりながら、ぼんやりとこれまでのことを思い起こす。
 成人の儀において私は女性の体を得た。別に女になりたかったわけではない。そうするしかなかったのだ。リリアノの中で、男性としてその頂点に立つのはクレッセであり、息子としては言わずもがな、一粒種のタナッセだけだ。恐らくそれは私の予想ではなく紛れもない事実で、そして揺るがない。
 では私はどうすれば良い?
 それ以上とは言わない。
 せめてその地位に並ぶにはどうしたら?
 そう考えた時に、望む望まざるに関わらず私が女になるのは必然となった。ただそれだけのこと。
 愛を告げておきながら、最後の最後で同性を選ぶなど裏切りだと罵られようが、それしかなかった。しかし、リリアノが私を詰ることはなかった。成人後、初めて顔を合わせた時の、諦めたような予見していたかのような穏やかな微笑みは、今でも私の胸を焦がす。
 リリアノはあくまでリリアノであり、僅かばかりの感情の揺れさえ見せてはくれなかった。いっそ罵ってくれたら幾分マシだったのに。
 拒まれる覚悟でいたランテ領への随伴も一も二もなく承諾してくれ、結果、今の私がある。
 私とリリアノはどういう関係なのだろう。
 傍目からはどう見えているのだろう。
 言葉で括る関係に意味などないと知りながら、模索せずにはいられない。
 溜め息を落として現実に立ち戻ると、計ったかのように扉を叩く音が響いた。入室を促すと、リリアノが顔を見せる。彼女の手には繊細な装飾の施された小箱が乗っていた。
「お主に渡したいものがあってな」
 入るなり開口一番、リリアノはそう言い、手の中の物を小さく掲げて見せた。
 彼女は私に何一つ期待させはしない。
 だから、リリアノからは知識や教養といった類の形のないものは多く受け取ったが、形として残る物を贈られるなど始めてのことだ。
 どういう風の吹き回しかと訝しむより先に、リリアノの異例とも言える行動に浮き足つ。そんな私を見透かしたように、目を細めてリリアノは微笑んだ。
「レハト」
 リリアノの声と手招きに応じると、なぜか鏡石の前に座らされた。
 彼女の手が、緊張に肩を強張らせる私の髪を梳く。何度も何度も。繰り返し、繰り返し。
 その手付きはひどく優しくて、なぜか私を泣きたくさせる。
「我はあまり器用ではないのでな。多少不恰好でも許せ」
 何をしようとしているのかは図りかねたが、首肯ひとつで了承する。
 尤も、端からリリアノに対して私の中に否やは存在しない。例え次に続く言葉がどんなに酷いものでも、例えリリアノがこの首に手をかけたとしても、リリアノ自らその手で私になすことならば何でも受け入れる。そう決めていた。
 リリアノは時間を掛け私の髪の流れを整えると、言葉より遥かに慣れた手付きでそれを結い上げ始める。やがて彼女が片手で器用に開けた箱から取り出されたものを目にし、私は息を呑んだ。
 それは在位中に、そして今も尚彼女の髪を彩り続ける髪飾りと全く同じものだった。ただ、填めこまれた宝石の色だけが異なる。
「お主の成人の祝いにと思って急ぎ作らせた。王では出来ぬことも、一領主なれば出来るものだな」
 静かに笑った吐息に私は唇を噛んだ。
 王としては決して口に出来ない我が儘も、王ならざる身となった今なら口にすることも、それを押し通すことも出来ると、彼女はそう言っているのだ。
 そしてそれは私のためだけに成されたこと。
 私は愛されているのだろうか。
 そう思って良いのだろうか。
 下手な期待は抱かない方が身のためだ。それでも、次の瞬間には泡へと帰す束の間の希望でも、私にはとても暖かい。
 髪飾りを付け終えたリリアノが最後にもう一度、ゆっくりと私の髪を撫でた。
 唇の震えが増す。
「ふむ。やはりこの色にして正解だったな。始めは同じものにしようと思っておったが、こちらの方がレハトには似合う。我と揃いでは不本意かもしれんが、許せ」
 許せ、の一言に込められたのは髪飾りの件だけではないことを悟り、私は鼻孔の痛みを誤魔化しきれなくなる。
 私の想いには応えられないこと。
 それゆえに私が女を選んだこと。
 リリアノはそれを許せと言っている。
 彼女が許しを請う必要性など全くないのに。
 私は両手で顔を覆った。辛うじて嗚咽だけは堪えたが、涙は後から後からまるで泉のように尽きることなく溢れ出てくる。
 ああ。
 この想いが実を結ぶことがなくても。
 リリアノ・ランテ=ヨアマキス。
 私は貴方を愛しています。
【 END 】